小説『大吾、走る。』  (5)

2008年02月11日 13:01

 大吾は後に、その男が田上勇一という名前で、自分よりも三歳年下であることを知る。さらに、勇一が週二回、月曜日と木曜日の夜七時以降にこのスポーツクラブを訪れることを彼の口から聞くと、大吾もすぐさま仕事の調整をし、なるべく勇一と同じ曜日にクラブに顔を出すようにした。ただし、あくまでも偶然を装う、という形でだ。
 大吾は、勇一のことをもっと知りたいと思った。店番をしている間、レジの脇に置いたノートパソコンで自分の店のホームページの更新をしながら大吾は一人妄想にふける。できることなら、勇一と友人になり、親友になり、そして……。だが、その先の「恋人」というのはさすがにないだろう。店に入荷予定の日本酒リストをサイトにアップした大吾は、はやる心に自ら釘を刺した。
 確かに勇一の言動の端々、たとえばクラブの浴場で裸の男が入ってくるたびにふと目線をそちらに泳がすところなどから、彼が自分と同じゲイである確率はそう低くないように思えた。だが、好きになった男がゲイだった、などという都合のいい展開は、ゲイ雑誌の小説の中にしか転がっていない話だ。そうでなくとも、大吾には思い込みが激しく、猪突猛進気味なところがある。
 今回、大吾はかなり慎重に事を進めることにした。
 クラブのトレーニングルームで大吾が勇一の姿を見かけると、まずは「田上ちゃーん」と軽く彼に声掛けをし、天気や昨日見たテレビの話で勇一の心を和ませ(少なくとも大吾はそのつもりである)、トレーニングで一汗かいたあとはクラブの浴場でともに汗を流す。――まあ、風呂で勇一の裸を背後からじっと見つめたり、ついつい彼の標準サイズのペニスに触ってしまうこともたまに……いや、たびたびあったが。
 そんな地道な「裸の付き合い」作戦が功を奏したのか、勇一との初めての出会いから一か月後の夏、大吾と勇一はトレーニング後、大吾行き付けの焼き鳥屋で酒を飲み交わす仲にまで発展した。
 翌週にお盆を迎えた八月の木曜の夜のことだろうか。頭のはげた店主が黙々と焼き鳥を焼くその店『てっちゃん』にて大吾は、勇一自身の口から二十八歳の現在でも恋人がいない、と聞かされた。
 それは、彼らが酒を酌み交わすようになってから五度目にしての勇一の告白であり、そのとき大吾は少なからず安堵をしたものだ。
「お、俺もな、恥ずかしい話なんだが、この年齢(とし)でまだ『コレ』がおらんのだ」
 一瞬親指と小指のどちらを出せばいいのか迷いつつも、大吾もまた目の前の勇一と同様に顔を赤らめながらそう語り、目の前のグラスに入った焼酎を一気に飲み干した。「その意味」に勇一が気付いてくれることを願いながら。
 だが、その後しばらく、彼らの関係が「友人」以上に進展することはなかった。

 (つづく)


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