『結婚できない男』の幸せ

2008年01月02日 17:08

 新年明けましておめでとうございます。主にゲイ向けアダルト小説を書いている小説書き、飛田流です。


 突然ですが、いま、僕の目の前に、とあるアウトドア雑誌に大きく掲載されている何枚かの写真があります。
 そこには、小高い山の中腹に木造のアトリエを構える木工夫婦作家の一家の様子が写っています。写真の中心に写っているのは、頭にバンダナを巻き、三歳の幼い娘と戯れている、作務衣に似た作業着を着た四十代ぐらいのヒゲパパ。犬を連れたご近所さんが散歩がてらふらりと立ち寄るアトリエはギャラリー兼カフェにもなり、土釜で焼いた本格的なピザをお客様に振る舞っています。そのピザが乗った大皿を抱えて、にっこりと笑う娘。
 写真の内容は、こんな感じです。

 こういうのを「ささやかな幸せ」というのかもしれません。
 世間一般の方々が認めてくださるところの。

 ただ、この中でゲイの人たちにはどうしても手に入れられないものがあります。それが(日本の法律に則った)妻であり、子供ですね。
 もし、このヒゲパパが独身だった場合、世間様は彼を「幸せ」と認定してくれるでしょうか。もしかしたら、「寂しい独り者」と思われてしまうかもしれません。本人がどう思っているかは関係なく。

 世間様というのは、ある時期に結婚して、ある時期に子供を儲けないと、自分たちが「入信」している「結婚教」の宗義に照らし合わせて、幸せどころか一人前とさえも認めないようです。それゆえ、「信者」(親など)の勧誘は執拗かつ強引で、「世間様に顔向けができない」とか「今はいいけど老後はどうするの」などと、泣き落とし・搦(から)め手、さまざまな手段を使って「入信」を迫ってきます。
 それを断ると「負け犬」のレッテルを貼られてしまうのは、みなさんよくご存知の通り。ドラマのタイトルにもなったように、『結婚できない男』は、それだけで「幸せではない」と認定されてしまいます。

 となると、(したくても)『結婚できない男』であるゲイの幸せは、どこにあるのでしょうか。
 たとえば、ゲイ向けアダルト小説の典型的な「ハッピーエンド」は、主人公の男と、彼が好きな男(ノンケ・ゲイに関わらず)と愛し合い、終わり、という感じが多いと思います。(愛し合ってるご主人様と奴隷、というのもその中に入るでしょうか)
 でも、それを親兄弟・親類一同も含めて祝福してくれるか、と言えば、残念ながらそうではない現実もあります。

 僕がゲイ向けアダルト小説を書くようになり、もちろんそんなエンドのお話もいくつか書いてきました。だけど今年は、そこから「一歩進んだ話」も書いてみたいなあ、って思ってます。もちろん、そうなるとアダルト小説からは離れてしまうので、アダルトサイトへの掲載はできないかもしれませんが、何らかの形で発表はしていきたいですね。
 小説書きとして僕は、ゲイ(カップル)の幸せというのを、これから少し考えてみたいと思います。

 あっ、ちょっと大きく出てしまいましたね。申し訳ありませんでした。(謝)

 まだまだ本人には実力が伴っていない部分もありますが、このブログを訪れてくださったあなたには、これを飛田流の今年の抱負としてお伝えしておきたいと存じます。


 そうそう。
 去年言い掛けた、「ただ、一つだけ言えること」、それは。

 どんな状態になっても、この先も小説を書き続けるんだろうなあ。

 でしょうか。
 結局、小説書きって、小説を書いていないと意味がない。
 ってことなんですよね。


 よろしければ、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 みなさまにとっても、意味のある「何か」を見つけられる良い一年でありますように。

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