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小説『囚われの姫君』 (6)

2012年08月04日 09:34

 勇一の前にいるこの太った男は、勇一と同期社員の川名耕作かわなこうさくである。六年前、ともにクラウン証券に入社後、勇一は営業部に、川名は企業情報収集を主業務とするファイナンス・ディーリング部に配属された。同期の飲み会などで互いに顔は見知ってはいたが、早朝出勤と残業が当り前の営業部の勇一が他部署の人間と交流する時間はなかなか作れなかった。
 だが、半年前、勇一が川名の部署に異動となり、机が隣同士ということと、課長を除けば、部内では二人だけの男性ということも手伝って、すぐに彼らは親しくなった。ただ、終業後にまで付き合うようになったのは、ここ最近のことである。
「んじゃ、行きますかぁ」
 酔っぱらい特有の歌うような節回しで、川名は改札口に向かってはずむまりのように、どたんどたんと重い体でスキップを始めた。
「田上ーっ、早く早く」
「あ、うん……」
 ただでさえコミカルな風貌の川名の子供じみた行動に、すれ違う人たちは苦笑を浮かべた。
「ゆるキャラ」のように左右に重心を揺らしながら歩く、ふくよかな川名の背中を早足で追いつつ、勇一は構内の時計に目をやった。
 時刻は、午後九時三十一分。
 二か月前まで、安岡大吾と「てっちゃん」で酒を飲んでいたころならば、とうにお開きにしていた時刻である。

 この日、午後七時半に会社を出た勇一と川名は、本我生駅から、都心方面行きの列車に乗った。
 体型通りの大食漢である川名に合わせ、いつもならば勇一と川名は、終業後に本我生駅西口付近のチェーン居酒屋に立ち寄ることが多いのだが、今日は社員用の通用口を出たところで、川名から一つの提案があった。
「今日はさー、飲む前にまずサッパリしねえ?」
「サッパリ、って?」
「お・風・呂」
 声をひそめて、川名は意味ありげに笑った。
「……えっ?!」
(お風呂……って、まさか)
 じっとりと汗を浮かべて狼狽する勇一の様子を、川名はどこか面白がるように悪戯っぽく眺めている。
「あ、もしかしてお姉ちゃんがいるほうの風呂、想像した?」
「あのっ、それは、その……」
「俺も“そっちの風呂”に行きてえのはやまやまだけど、今日はこっちで我慢してくれよ……な」
 と、背広の懐に手を突っ込み、「ジャーン」というセルフ効果音とともに取り出したその手には、スーパー銭湯のチラシが握られていた。
「ほら、先月隣の駅前にできたスパ銭って、オープン記念で居酒屋メニューが全品半額、酒も飲み放題なんだってさー」
(あ、お風呂じゃなくてそっちがメインなんだ)
 いかにも川名らしいオチに、つい勇一の顔もほころぶ。
「タオルとかは向こうで買うってことでいいよな」
 いつものことだが、勇一が了承した前提で話が進んでいる。
 もちろん、「友人として」、勇一がそれを拒否する理由はない、はずだ。
「あ……うん」
 内心の高揚感をなるべく表に出さないように、一拍置いてからうなずいた。
(川名君と……お風呂、か)
 ――いつものように、「正常な男」としての対応を心掛けつつ。
 都心方面へと向かう列車の中で、川名は二つの吊り輪に両手でぶら下がりながら、揺れに合わせて、横幅の広い体をぐりんぐりんと左右に揺らしていた。
「今日はメシと風呂代、ぜーんぶ俺のおごりな。日頃田上クンにご迷惑をお掛けしてるお詫びに」
 川名は片目をつぶり、拝むようにして勇一を見た。その言葉の通り、いつも仕事で勇一に頼り切っていることを、彼なりに自覚し、気にしているのかもしれない。
「あ……うん」
 勇一は物欲しげな態度にならないよう、わざと川名から視線を外し、気のない返事を返す。
(気にすることないよ、僕も川名君と一緒にいられて楽しいし)
 そんな本音を口にしたら、はたして川名はどんな反応をするだろうか。
「あと……ちょっと訊きてぇこともあるし」
「……僕に?」
 ふと、シリアスな口調で声をひそめた川名に、勇一が振り向くと、川名は一瞬だけ真顔になった。
「……田上も」
「えっ」
「『おねえちゃんのいる風呂』とか、行ったりするわけ?」
「か……川名君っ!!」
 真っ赤になって否定する勇一のリアクションを見て、川名はまたにやにやと笑った。
 目的のスーパー銭湯は、阪条駅から徒歩数分の場所にあった。この手の施設をあまり利用したことのない勇一が、物珍しさで館内をきょろきょろと見回していると、
「田上ーっ、こっちこっち」
 すでに二人分のタオルを両手に持った川名が、有料エリアから手招きをしていた。
「あ……ごめん」
 ポロシャツの制服を着た若い女の店員に軽く会釈をして、彼女が立つフロントの前を通り過ぎる。
「ほい、タオル」
 川名から渡された、ハンドタオルとバスタオルのセットを、「あ、ありがとう」と勇一は恐縮しながら受け取った。
 館内には理髪店・マッサージ屋・ゲームコーナーなどがあり、居酒屋コーナーには、勇一たちと同じく会社帰りのサラリーマン風のグループや、子供連れの若い夫婦たちの姿が目立つ。
 先を進む川名に続き、男湯ののれんをくぐると、とたんにむわりとした湿度の高い空気が肌にまとわりつく。男だけの空間に広がる独特のにおいが勇一の鼻をついた。
 当然のことながら、脱衣所では、裸の男たちが前を隠さずうろうろとしている。
「……っ」
 その必要もないのに勇一はうろたえ、顔をうつむけてしまう。他人の男の裸を生で見るのが、久しぶりだったこともあった。
 二か月ほど前までは、週二回、月曜と木曜に通っていた駅ビルのスポーツクラブの浴場で、それを見る機会もあったが、現在は、すっかり足が遠のいている。
「……」
 その理由を思い出しそうになった勇一は、
(……忘れよう、もう)
 首を横に振り、川名と隣り合わせの木製の衣服ロッカーを開け、脱いだ背広をしまおうとした。
(えっ……)
 その時、勇一の右目の端に、脱衣所の隅を裸で歩く、体毛の濃い巨漢の広い背中が映った。

(つづく)


コメント

  1. 藍侍 | URL | oIud7dF2

    大吾と勇一

    飛田さんの作品は実はゲーム以外始めてなのですが(すいません・汗)、修羅場を越え、やっと読ませてもらってます。
    ついに大吾と勇一が遭遇してしまうのでしょうか。
    過去に何かありそうな2人がどうなるのか楽しみです。
    これからもひっそりと読ませてもらいます。
    飛田さんらしく、頑張ってくださいp(^_^)q

  2. 飛田流 | URL | -

    Re: 大吾と勇一

     藍侍さん、こんにちは。
     コメントありがとうございました。

     まずは、夏コミ原稿作業お疲れさまでした。この時期、各方面の同人作家さんのツイッターで、同様のつぶやきを拝見しますね。
     僕は、参加できませんが……。(東京まで遠いので)


    >飛田さんの作品は実はゲーム以外始めてなのですが(すいません・汗)、修羅場を越え、やっと読ませてもらってます。
     多そうですね、『体育教師 極』の飛田流しかご存知ない方。(笑)
     体育教師は、自分の作風としてはかなり異色なので、その延長で僕の小説をお読みいただくと、ご満足いただけないかも……。(汗)

     そもそも、なんで僕が体育教師のシナリオを担当することになったか、ですが。
     もともとは、数年前に「LoveB」という、ゲイ向けアダルトサイトに拙作を投稿し、掲載されていました。ちなみに、初掲載作のタイトルは『一枚上手』といい、今連載している小説の大吾・勇一が出てくるシリーズの第一作になります。
     その後、諸事情により、「LoveB」が閉鎖され、どうしようかと思っていたところへ、偶然体育教師のシナリオの依頼が来て、引き受けることになったわけです。
     このへんのくだりは、過去のブログや、うちのサイトのプロフィールにも書いていたりします。

    >ついに大吾と勇一が遭遇してしまうのでしょうか。
     さて、どうでしょう……。

    >過去に何かありそうな2人がどうなるのか楽しみです。
     今回の『囚われの姫君』は、シリーズの第三作なので、その前の『大吾、走る。』『一枚上手』で彼らが疎遠になる前のエピソードを書いています。(今作でも少し「おさらい」はしています)
     両方とも地味な話ですが……。

    >これからもひっそりと読ませてもらいます。
     こちらでもひっそりと掲載させていただきます。
     基本的に売れ筋の(エロい)話ではないので……。(笑)

    >飛田さんらしく、頑張ってくださいp(^_^)q
    「僕らしく」、となると エ ロ あ り ま せ ん けど、それでよろしければ。(笑)

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